小さな頃から気になっていたことがある。
集団生活における「おしゃべり」。
授業中や、HRなんかの時の私語の事。
小学生の時は新しい学年になると
「今年(こそ)はもうおしゃべりするヒトいなくなるかなぁ」
と期待していたのだが、結局短大を卒業するまで誰かの私語に悩まされていました。
まぁ、本やマンガを読み耽ったり、音楽聞いたり、日本シリーズ聞いたり、手紙書いたり、挙げ句に机に突っ伏して爆睡したりしていたわたくしですが。

今となっては
「人口の数%は必ず『そういうヒト』がいるものだ」
とも思えるのだが、しかし。
早く終わって欲しい(HRって一体……)時間を『そういうヒト』によって長引かせられる事が何より苦痛だった。1回で済む説明が2回になったり、時にはお説教まで付いてくるなんていう事態に心の中で怒りの炎がメラメラとしてしまう。

だから(?)自分が先生の立場の時にはそういう場合には即、御退場願っています。公共の不利益だもの。5歳児にそんな事言わない方がいい?そうかなぁ。気付いている子は沢山いるよ?

自意識の問題なのか、集中力の問題なのか、お年頃なのか(多分、違う)。
その「時」に対する(「場」でもいいけど)意識はどうやって気付いて行くのでしょうね。

はふ。